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『魂の紀行』 別章 キョウヨアケタゼヨー5

 
< ヒーリングの師匠との出会い >
 

中学1年生の夏休み。
 

不可思議な現象は
相変わらず続いていましたが、

起こっていることの意味が
理解できてきたこともあり、

精神的にはかなり
落ち着きを取り戻していました。
 

そんなある日、
近くの書店で
1冊の本と出会いました。
 

この本の著者が、
後にヒーリングの師匠と
仰ぐことになるI先生。
 

今世の人生で
大きな意味を持つご縁が
繋がった瞬間でした。
 

その本の内容を大まかに紹介すると、
 

・I先生は、
 このエネルギーを突然授かった。

(それまでは、普通に
 サラリーマン生活を送っていたそうです)
 

・授かった瞬間、異次元の誰かが
「この力を使って人助けをしなさい」
 とメッセージを送ってきたと感じた。
 

・その翌日から、
 手をかざすだけで
 病気の人が良くなったり、
 仕事や人間関係の悩みが
 改善されたり、
 といったことがどんどん起きるようになった。

(中には金粉が出たり、
 写真に光が写り込んだりする人もいた)
 

という感じで、
主にI先生が力を授かってから
体験したことが書かれていました。
 

「これは、本当に凄い本だなぁ。
 からだも何だか
 熱くなってきたし・・・」
 

今まで体験したことの
ないような熱さが、
内側から湧き上がってきます。
 

中でも特に熱くなった
手のひらを見て、驚きました。
 

なんと、無数の金粉が
キラキラと光っているではありませんか!
 

「あらら、
 金粉まで出てきちゃったよ・・・。

 これはいったい、
 どんな力なんだろう?」
 

しかし、ページを読み進めても
 

「私にもこの力が
 何なのかはわかりません」
 

と書いてあるばかり(笑)。
 

力を授かった当の本人が

「わからない」

と言っているのですから、
これはどうしようもありません・・・。
 

ただ、実際にいま
自分のからだにおこっている
ことは紛れもない事実。
 

さらに驚くべきは、
その日から数々の不思議現象が
パッタリとなくなってしまったことでした。
 

「もしかしたら、
 今までずっと探し求めていた
 答えが見つかるかもしれない」
 

こうして中学1年生の夏休みは、
生涯記憶に残る想い出となったのです。
 
 
 

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『魂の紀行』 別章 キョウヨアケタゼヨー4

 
< 宗教巡りをした中学生時代 >
 

私の中学時代は、
ちょっと(かなり?)変わっていたようです。
 

幼少の頃から続く
不可思議な体験の意味が
(「不可思議な体験」は → 前回ブログ
どうしても知りたくて、

関連した本
(今でいうスピリチュアル本)
を読みながら、
様々な宗教を訪ね歩く日々。
 

友達と遊ぶことよりも、
そちらに向けるウェイトの方が
高いわけですから、
やっぱりかなり変わってますよね・・・。
 
 

いくつかの宗教で
目に見えない世界のことを
学ばせていただいたおかげで、

それまで起こっていた
不可思議なことの意味が
少しずつわかってきました。
 
 

 ・人間は、こころとからだと魂から成る存在である。

 ・魂だけになった存在は、
  現世の人間にコンタクトをとってくることがある。

 ・それは「波長」が近いものほど感応しやすく、
  メッセージ性を伴う場合もある。

 ・メッセージは、時として
  現世の人間にとって不可思議な現象として捉えられる。
 

 さらに、
 

 ・魂は何度も生まれ変わり、
  その過去のすべてを記憶している。

 ・しかし、現世に生まれた時点で
  その記憶は一時的に忘れてしまう。

 ・それは、現世で起きる出来事を、
  からだとこころという「地球服」を通して満喫するため。

 ・現世での体験はすべて、
  自らの魂が計画した
  「プログラム(=シナリオ)」がベースになっている。

・人との出会いやタイミングも、
  事前に相手の魂と決めていることである。
 

などなど・・・。
 
 

いくつかの宗教をまわって感じたのは、
それぞれ表現の違いはあっても、
けっきょくはどこも同じ真理に
辿り着くのではないだろうか、ということでした。
 

よく言われる例えは、
目隠しをした人たちが
象を触った時の感想を述べ合っている様子。
 

足を触った人は
「両手をまわして、
 やっと届くほどの太さ」と言い、

耳を触った人は
「薄っぺらな座布団みたい」と言い、

鼻を触った人は
「とんでもなく細長い」と言い・・・。
 

でも、けっきょくは
皆、象のことを言っているわけですよね。
 
 

また、山頂まで辿り着くための道は何通りもある、
という言い方もします。
 

近道もあれば、
景色を楽しみながらの遠回りもある。

自転車や車で行くことも出来るし、
飛行機が飛んでいるかもしれない。

でも、けっきょく
ゴールは同じ山の頂・・・。
 
 

象を触る時は、
目隠しを外してみると
全体のどこを触っているかが見えるし、

ゴールは
山の頂であることが理解できれば、
そこを目指すためのルートや手段は
複数あって当たりまえ、
ということになるでしょう。
 
 

当時訪問した宗教は、
どこの教えも本当に素晴らしく、
納得できるものばかりでしたが、

けっきょくどこかへ
傾倒するまでに至らなかったのは

「ゴールは同じ」

という氣づきが
大きな理由だったように思います。
 
 
 

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『魂の紀行』 別章 キョウヨアケタゼヨー3

 
< 真夜中の会議 >
 

子供の頃は、一緒に暮らしていた
ひいばあちゃん(母の母の母)と
同じ寝室でした。
 

毎晩、桃太郎や金太郎などの
昔話を話してくれたことを、
今でも懐かしく想い出します。
 

小学校1年生の頃に亡くなった
ひいじいちゃん(母の母の父)も
当時一緒に寝ていましたから、

相当な「じじっ子」「ばばっ子」
だったのでしょうね。
 

大好きなじいちゃん、
ばあちゃんに囲まれて、
昔話を聴きながら眠りにつく・・・。
 

さぞかし
幸せな寝床だったのだろう、
と想像できそうですが、
じつは1つだけ困ったことがありました。
 

それは、
両親も眠りについた真夜中に起こります。
 

家族全員が寝静まり、
誰もいないはずの居間から、
複数の人たちの話し声が聴こえてくるのです。
 

それも毎晩・・・。
 

どこの国の言葉なのかわからない、

何人いるのかもわからない、

とにかく何かを話し合っています。
 

確かめに行く勇気もなく、

「よく毎晩、話が続きますね」
と声をかけに行くわけにもいかず(笑)

家族の誰に話しても理解してくれません。
 

布団の中で、
ただただ自然に
眠くなるのを待ち続ける日々・・・。
 

この現象は、けっきょく
中学校で下宿生活を始めるまで続きました。
 

そしてもう1つ、
やはり幼少の頃に、
よく起こった出来事がありました。
 

居間や寝室などに、
いきなり大きな山(のような存在)
が現れるのです。
 

「この部屋にそのサイズは
 入らないでしょう!」
 

というくらいの大きさで、
絶対に入るわけがないのに
なぜか入っている(笑)
 

しかも意識のある
エネルギー体らしく、
何となく言わんとしていることがわかるのです。
 

「いつも見守っているから
 安心しなさい」
 

的なメッセージなのですが、
先ずはそのサイズが安心できません(笑)
 

居間で毎晩行われている
真夜中の会議も、

突然現れる山のような存在も、

こちらの警戒心を解くと、
とても心強くて、
温かい感じが伝わってくるのが
わかるようになりましたが、

起こっていることの意味は、
やはりまったくわかりません。
 

家族にも理解されない、
友達に話すと氣味悪がられる・・・。
 

そんな毎日の小学校生活は、
精神的にとても不安定な状態でした。
 

「これは、なんとか自分で
 解決しなくちゃいけない!

 家を出て、
 いろいろな人に訊いてみよう」
 

ちょうどその頃、
医者になる夢を抱いていた私は、

実家のある人口5千人余りの町から
車で2時間ほどの距離にある
街の中学校に進学したいと思っていました。
 

そこで、ダメもとで両親に
下宿生活を願い出たのです。
 

「・・・わかった。
 頑張ってみたらいい」
 

あら、意外にあっさりと許可が下りました(笑)
 

しかし今思い返すと、
まだ小学生の子供に
独り暮らしをさせることを許可した
両親の心境はどのようなものだったのか・・・。
 

自分も親の身になってみて、
初めてこの時の両親の想いがわかるようになりました。
 

本当に、あらためて
感謝の氣持ちが湧いてきます。
 

生まれる前に設定してきた
シチュエーションの1つ1つは、
こうしてさまざまな人たちの
魂の氣づきを絡めながら、
展開していくのでしょうね。
 
 
 

追記

私の「周平」という名前は、
生まれるずいぶん前から決まっていたようです。
 

「今から40年以上前って、
 生まれる前に
 男の子か女の子かわかってたっけ?」
 

はい、わかりませんよね。
 

ではなぜ、かなり前から
男の子の名前を用意していたのか。
 

じつは、名付け親の
ひいじいちゃん(母の母の父)が、
夢で

「金の鯉が滝に昇って行く夢を観た」

からなんですって。
 

それで、

「これは、絶対男の子に違いない!」

と、さっさと名前を付けてしまったらしいのです(笑)
 

ひいじいちゃんの父親
(ひいひいじいちゃん)は
山で仙人みたいな爺ちゃんに会って、
 

「これから海にニシンが大漁に上がる。
 すぐに海に行きなさい」
 

と言われたことを素直に聴き、
財を成したと云われています。
 

亡くなる時も、
数日前から周囲にその旨を伝え、
葬儀の準備を整えて旅立ったそうです。
 

先人たちは
「目にみえない世界」を
今よりずっと身近に感じていたのかもしれませんね。
 
 
 

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