2014年6月20日 別章 キョウヨアケタゼヨ, 『魂の紀行』
< ヒーリングから離れた20年間 その3 >
北海道へ戻った私を
待っていたのは、
なんと、銀行員生活でした。
「お前は、経済のことを
何も知らないから
家業に戻って来る前に
お金の勉強をして来なさい」
という、典型的なコネ入社・・・
でも、入ったからには
頑張らねば、ということで、
朝は7時までに出社、
夜は10時過ぎまで、銀行業務に励みました。
1円でも合わなければ
永遠に帰れない、
という厳密さ・・・
これまでのゆる〜い生活とは
真逆の世界に戸惑う毎日(笑)
お昼ご飯を食べる間も
惜しんで、
得意先回りと
新規開拓に努めました。
まさに、テレビドラマ
『半沢直樹』の世界!!
そんな平成6年12月24日、
現在の奥さまと入籍。
2年間の銀行員生活を
無事終えることができたのも、
こころの込もった
温かい手料理と
優しい笑顔のおかげだと思います。

銀行員時代。真面目に仕事してる感じでしょ?
平成8年春。
銀行生活を終えた私は、
家業を継ぐ為に、
実家のある道南へ引っ越しました。
中学1年生で家を出て以来、
12年ぶりに住む生まれ故郷。
中学で家を出た理由は
→ コチラ
奥さまと一緒に、
新しい生活のスタートです。
実家は、もともと
人口4,000人ほどの田舎町で
製材業を営んでおり、
需要に応じて
事業を広げながら、
従業員300名ほどの
建築・土木の総合商社に
成長していました。
「先ずは、原点の
製材工場から
経験してみるといい」
社長でもある
父のアドバイスで、
木材を加工する工場へ配属決定です。
銀行でのスーツ姿は
作業着へと替わり、
デスクワークが
肉体労働になりました。
2年目は、
製材や建材を
現場へ配達する4トン車の運転手。
3年目は、
建築・土木資材を
業者さんに販売する営業マン。
配属先こそ
毎年違うセクションでしたが
「石の上にも3年」
とはよく言ったもので、
会社の全体像が
何となく見えてきました。
そして迎えた4年目(平成11年)
北海道主催の
「中国視察ツアー」から戻った
社長から、
1つの提案がありました。
「これからは、中国にも
足がかりを作っておく
必要があると思う。
先ずは、ウチの会社で
扱えそうなモノを
仕入れて売ってみたい。
新しいセクションの
責任者として、
やってみる氣はあるか?」
いきなりの中国進出宣言!
しかも、
何を仕入れるかもわからないのに、
責任者やってみるか?
って・・・
ところが、
なぜかこの時、
何の迷いもなく
引き受けてしまったのでした。
それも、
かなりノリノリで。
いま思えば、
この時の「ワクワク感」は、
今生でのシナリオを指し示す
道しるべだったのかな、と思います。
こうして平成11年に
社内ベンチャーとして
立ち上がった輸入事業部が、
後々エヌ・ピュアの
前身になるとは、
この時まだ思ってもいませんでした。
追記
平成8年春から
住み始めた故郷の住宅。
引っ越してすぐに
住居のヒーリングをおこないました。
すると翌日、
2階の床のあちらこちらに金粉が・・・
けっこうな量だったので、
とりあえず
掃除機で吸ってみましたが(笑)、
翌日も、そのまた翌日も、
金粉は現れ続けました。
たしか、1週間ほどで
収まったように記憶していますが、
その頃は、
タンスの中の服にも
金粉がついていたり、
手に七色の金粉が現れたり、と
金粉ショーさながらの状態でした(笑)
高校生ヒーラー時代の
金粉話は → コチラ
そうそう、
子供たちが生まれた時も、
顔に金粉がついていたんですよ。
おかげさまで2人とも、
とてもおめでたい感じに育っています(^_^)
〜 鳴海周平の
ヒーリングについて 〜
現在、個人的な相談や
ヒーリングは行っていませんが、
各地で開催しているお話会では
皆さんへ「一斉ヒーリング」を
させていただいています。
どうぞお気軽に
遊びにいらしてくださいませ(^_^)
セミナー・イベントのスケジュールはコチラから
2014年6月13日 別章 キョウヨアケタゼヨ, 『魂の紀行』
< ヒーリングから離れた20年間 その2 >
I先生の密葬からの帰路、
佐賀空港までのバスの中、
東京までの飛行機の中、
そして羽田空港での夕食と、
ほんの数時間の間にすっかり
打ち解けてしまった私たちは、
3月に東京でおこなわれる
I先生の社葬での再会を
約束して別れました。
そして迎えた3月。
社葬の席で、Y先生から
思わぬ提案を受けます。
「よかったら、
7月にオープンする
ウチのクリニックに来ない?
住むところも
用意しておくから!」
ここで流れに逆らわないのが、
私のポリシー。
「はい、私でよければ喜んで!」
こうして平成5年7月から
東京高田馬場のYクリニックで、
事務職兼腰痛専門の整体師
として勤務することになりました。
思えば、
幼少の頃から抱いていた
「医者」
という夢のきっかけは、
ひいばあちゃんの腰痛。
ご縁というのは、
本当に面白いものです。
東京での日々は、
本当にあっという間でした。
整体師と事務職を
兼業しながら、
合気道や呼吸法の道場に通う毎日。
Y先生と先輩の整体師さんが
教えてくれる
「からだの仕組み」や
道場で学ぶ「氣の概念」は、
ヒーリングで
心身が癒されていく
仕組みを知りたい、
という想いを
徐々に満たしてくれました。
「このままずっと
ウチで働いてくれたらいいのに。
夜間でよければ
大学にも通えるし」
Y先生からのありがたい言葉。
いつものように、
流れのまま受け入れたい
氣持ちは山々です。
しかし、
22歳になった私は、正直、
これからの進路について
決めかねていました。
北海道の実家が営む
家業を継いでほしい、と、
もうずっと言われ続けていたのです。
「このまま東京で
勉強を続けていたいけど・・・」
魂の声に耳を澄ませた結果、
お世話になったY先生のもとを
翌春で退社することに決めました。
スタッフの方々とも
仲が良かった分、
名残惜しい想いが募ります。
平成6年春。
北海道に戻った私を
待っていたのは、
なんと銀行員生活でした・・・。

Y先生のもとで整体師をしていた頃。
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2014年6月6日 別章 キョウヨアケタゼヨ, 『魂の紀行』
< ヒーリングから離れた20年間 その1 >
明けても暮れても
ヒーリング三昧だった高校時代。
卒業後は、
専門学校に通いながら
ヒーラーとして生計を立てていました。
高校時代と同様、
日中は学校、
夕方は相談者への対応、
夜は電話によるヒーリング。
喜んでもらえることが、
何より嬉しかったんです。
ただ、当時は
「どうして良くなるのか?」
ということにも関心があって、
ヒーリングのメカニズムを
知りたいという氣持ちも
大きくなる一方でした。
師匠のI先生が
あまり好きではなかった
「理屈や理論による説明」です。
また同じ頃
「悩みごとは、氣づきの機会」
ということも
感じ始めていました。
「もしかしたら、
表面に現れている様々な悩みは、
その人にとって
たいせつな学びや
氣づきの機会なのかもしれない・・・
ヒーリングは、
その機会の妨げに
ならないのだろうか?」
そこで、思い切って
「ヒーリング」という世界から
距離を置いてみることにしました。
とは言え、
生活もありますので
仕事は続けなくてはなりません。
ショッピングモールの
バック専門店店員、
燃料省エネ装置の販売員、
心理学教室の助手、
クレジットカード勧誘員
などなど・・・。
好奇心も手伝って、
少しアヤしげな職種も含め(笑)
いろいろな仕事を
経験させてもらいました。
そんな生活が
1年ほど続いたある日、
ふとI先生のことが氣になって
東京の事務所を
アポ無しで訪ねました。
しかし、何だかいつもと
雰囲気が違います。
秘書の方も
何だか元氣がありません。
「・・・じつは昨日、
I先生が亡くなったんです」
えーっ!
ついひと月前も、
あんなに元氣で
講演をしていたのに・・・
何となく氣になったのは、
I先生からの
「旅立ち」のお知らせだったんだ・・・
出会いからの出来事や、
教えていただいたことの数々が、
次から次へと想い出され、
あらためて
感謝の氣持ちで
いっぱいになりました。
その日の夜、I先生の郷里の
佐賀県で行われた密葬。
久しぶりに会うI先生は、
とても小さく見えました。
いや、もともと
小柄だった先生が、
エネルギーの放つオーラで
とても大きく感じていた、
と言った方が
正しい表現なのかもしれません。
「この力を授かった時から、
私のからだは、もう
私のものではないのです」
生前の言葉どおり、
エネルギーを授かってから
20年近く、
休む間もなく
世界各地を奔走し、
たくさんの方の幸せを
願い続けてきたI先生は、
平成5年に天へと還られました。
翌日、佐賀空港へ
向かうバス停で、
隣に座っていた男性から
声をかけられました。
「今、何時ですか?」
「3時ちょっと前です」
「ありがとうございます。
何とか、
飛行機に間に合いそうだな」
「どちらにいらっしゃるんですか?」
「東京に戻ります。
昨夜、親しい方のお通夜が
あってこちらに来ていたんです」
「あ、私もそうなんですよ。
・・・もしかして、
I先生のお通夜ですか?」
「えっ、あなたもですか?
それは何かのご縁ですね。
空港までご一緒しましょう」
こうして出会ったのが、
医師のY先生。
I先生のヒーリングを、
医学的な立場から研究、
協力していたのだそうです。
飛行機でも隣同士になった
Y先生とは、2まわりほど
歳が違うのにすっかり意気投合。
I先生の粋な計らいで
繋がったご縁は、
その後、思わぬ方向へ
展開していくことになるのですが
続きは、また来週・・・
〜 鳴海周平の
ヒーリングについて 〜
現在、個人的な相談や
ヒーリングは行っていませんが、
各地で開催しているお話会では
皆さんへ「一斉ヒーリング」を
させていただいています。
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